色丹島は、根室半島の延長にあたる、面積247.65 km²の丘陵の島である。1,21884年、北千島のアイヌ97人が根室県によってこの島に移住させられ、移住後まもなく人口は急減したとされる。31945年8月15日の時点では、206世帯・1,038人が住んでいた。41956年の日ソ共同宣言で、ソ連は平和条約の締結後に歯舞群島とともに色丹島を日本に引き渡すことに同意した。52024年1月1日のロシア側統計では、3,803人とされる。6
色丹島(シコタントウ)

基本情報
| 名称 | |
|---|---|
| 場所 | 北海道 色丹村 |
| 人口 | 3,803人(2024年)10 |
| 面積 | 247.65 km²11 |
| 最高標高 | 413 m(斜古丹山)12 |
| 座標 | 北緯 43.80147、東経 146.75082 |
| アクセス | 不明 |
位置
国土地理院国土地理院 / 海岸線:VMAP0
自然・地理
- 色丹島の面積は247.65 km²である。1歯舞群島と色丹島は根室半島の延長にあたり、緩やかな起伏の丘陵地をなす。2色丹島は全体が丘陵で湖沼が多く、北西側は断崖、南東側は変化に富む海岸とされる。9最高点は斜古丹山で、標高は413 mである。12
- 1937年の水路誌によれば、色丹島は色丹水道を隔てて多楽島の北東約22 kmにあり、南西から北東への長さ約28 km、幅約9 kmの長方形の島である。周囲は水深が深く、岸から約900 mより外に危険はない。色丹島は「平低」な水晶諸島と比べて非常に高く険しく、ところどころに高さ300 m以上の山峰がある。大小多数の港湾があるが、汽船の碇泊に適するのは北岸の斜古丹港と南岸の松ヶ浜湾だけである。13松ヶ浜湾の湾口は、南西側の小島と東側の鴨島によって三つに分かれる。14
- 1937年の水路誌によれば、色丹島の降雪は11月中旬に始まって翌年5月に終わり、6月中旬に残雪を見ることは少ない。斜古丹港付近は冬に北西風が猛烈に吹くため、降雪は頻繁だが積雪は一般に少ない。13
- 北方領土問題対策協会は、色丹島の植生について「全島が高山植物地帯」とし、島の総面積の20%がシラカバを主とする広葉樹林だったとしている。9,15
- 色丹島の一部は、ロシアの連邦自然保護区「マールイエ・クリル」に含まれている。16
島のいろいろ
- 戦前、色丹島は付随する大島・小島・鴨島などとともに色丹郡をなした。17色丹島の漁業はすべて共同漁業権で営まれ、馬・牛・羊が飼われていたとされる。9捕鯨基地も置かれていた。18
- 1884年7月、北千島のアイヌ97人が占守島から色丹島へ移住させられ、移住後すぐに人口が急減した。1945年の終戦時には、千島アイヌは全員が北海道へ引き揚げたとされる。3
- 人類学者の鳥居龍蔵は『千島アイヌ』(1903年)で、1899年5月に海軍の武蔵艦に便乗して千島を回り、根室から色丹に着いたとき、千島の「土人」、すなわち千島アイヌはすべて色丹に移住させられていたと記している。19鳥居は武蔵艦と別れて色丹に27、8日滞在し、体格・風俗・宗教や、口碑と呼ばれる言い伝えなどを調べたとする。20
- ソ連軍は1945年9月1日から5日までの間に色丹島を占領し、現在はロシアが占拠している。21,22ロシアの法令は、島の一部を含む自然保護区「マールイエ・クリル」がサハリン州南クリル地区にあるとしている。16北方領土問題対策協会によれば、穴澗には島全体を管轄する行政府・学校・病院・水産加工場が、斜古丹には学校・教会・水産加工場があり、斜古丹湾には国境警備隊の軍港がある。122024年1月1日のロシア側統計では人口3,803人で、日本人は住んでいない。6
- 日本語名は色丹島(しこたんとう)である。7名称の由来は、アイヌ語で「大きな集落のある地」とされる。2島名に「志古丹」「支古丹」の漢字を使ったこともある。9ロシアでは Остров Шикотан、Остров Шпанберга と呼ばれる。8斜古丹はロシア名マロクリリスコエ、穴澗はクラボザボツコエとされる。23
- 色丹島には、斜古丹と稲茂尻に日本人墓地がある。12
日本政府の立場
- 日本政府は、北方四島を一度も外国の領土となったことがない日本固有の領土とし、1945年8月の第二次世界大戦終了直後にソ連軍に不法に占拠され、現在もロシアによる不法占拠が続いているとする。四島の帰属の問題を解決して平和条約を結ぶことを基本方針としている。22
ロシアの立場
アクセス
- 日本政府は、ロシアの不法占拠の下で北方領土に入域しないよう国民に要請している。この要請は1989年の閣議了解による。22
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1869(明治2) | 開拓使が置かれ、四島が郡制に組み入れられる5 |
| 1884(明治17)-07 | 根室県が北千島のアイヌ20戸97人を占守島から色丹島へ移住させる3 |
| 1888(明治21)-07 | 斜古丹に戸長役場が開設される26 |
| 1899(明治32)-05 | 鳥居龍蔵が武蔵艦で色丹を訪れ、27、8日滞在して千島アイヌを調査する19,20 |
| 1923(大正12)-04-01 | 二級町村制を施行し斜古丹村となる26 |
| 1933(昭和8)-10-01 | 色丹村と改める26 |
| 1945(昭和20)-08-15 | 206世帯・1,038人が住む4 |
| 1945(昭和20)-09 | ソ連軍が9月1日から5日までの間に国後島・色丹島・歯舞群島を占領21 |
| 1947〜1948 | 北方四島に残っていた住民が強制退去させられる(四島全体)27 |
| 1956(昭和31)-10-19 | 日ソ共同宣言。ソ連は平和条約締結後に歯舞群島と色丹島を引き渡すことに同意5 |
| 1964(昭和39) | 北方墓参が始まる(四島全体)28 |
| 2012 | 穴澗湾で新しい桟橋の使用が始まる12 |
注
- 1 国土地理院『令和8年全国都道府県市区町村別面積調(4月1日時点)付3 島面積』、2026年、82頁。
- 2 内閣府北方対策本部『北方領土の姿』。
- 3 大坂拓「千島アイヌのゴザに関する基礎的検討(北海道博物館アイヌ民族文化研究センター研究紀要 8)」、2023年、21頁、28頁。
- 4 内閣府北方対策本部『北方領土の姿「戦前の姿」』。
- 5 独立行政法人北方領土問題対策協会『北方領土問題の歴史』。
- 6 内閣府北方対策本部『北方対策 ~北方領土の返還にむけて~ 令和7年度版(p.1-4 北方領土の概要)』、2025年、1–2頁。
- 7 国土地理院『電子国土基本図(地名情報)自然地名(国土地理院ベクトルタイル提供実験 experimental_nnfpt)』、2017年。
- 8 米国国家地理空間情報局(NGA)『GEOnet Names Server 地物記録(北方領土の島・岩、範囲検索 2026-10-22)』。
- 9 独立行政法人北方領土問題対策協会『色丹島の概要』。
- 10 内閣府北方対策本部『北方対策 ~北方領土の返還にむけて~ 令和7年度版(p.1-4 北方領土の概要)』、2025年。
- 11 国土地理院『令和8年全国都道府県市区町村別面積調(4月1日時点)付3 島面積』、2026年(2026年の値)。
- 12 独立行政法人北方領土問題対策協会『四島ガイドマップ』。
- 13 水路部『樺太南部沿岸千島列島水路誌:千島列島・樺太南部(書誌第3號B)』、1937年、37頁。
- 14 水路部『日本水路誌 第5巻』、1898年、68–69頁。
- 15 独立行政法人北方領土問題対策協会『北方領土の産業』。
- 16 ロシア連邦天然資源環境省『Положение о федеральном государственном природном заказнике «Малые Курилы»(ロシア天然資源環境省命令 2009-08-19 第253号)』、2009年。
- 17 外務省『北方領土データ』。
- 18 独立行政法人北方領土問題対策協会『北方領土の概要』。
- 19 鳥居龍蔵『千島アイヌ』、1903年、デジタル版15コマ。
- 20 鳥居龍蔵『千島アイヌ』、1903年、デジタル版16コマ。
- 21 内閣府北方対策本部『北方領土問題「歴史」』。
- 22 外務省『北方領土問題とは?』。
- 23 北海道新聞『<新・島だより>色丹(北海道新聞)』、2019年。
- 24 TASS『Russian Foreign Ministry protests to German embassy(TASS)』、2025年。
- 25 Российская газета『Лавров: Россия признает декларацию 1956 года(Российская газета)』、2004年。
- 26 北海道庁『千島調査概要』、1942年、デジタル版28コマ。
- 27 内閣府北方対策本部『北方対策 ~北方領土の返還にむけて~ 令和7年度版(p.5-8 北方領土問題)』、2025年、5–6頁。
- 28 内閣府北方対策本部『北方対策 ~北方領土の返還にむけて~ 令和7年度版(p.17-22 訪問事業)』、2025年。
参考文献
- 国土地理院『令和8年全国都道府県市区町村別面積調(4月1日時点)付3 島面積』、2026年。
- 内閣府北方対策本部『北方領土の姿』内閣府。
- 大坂拓「千島アイヌのゴザに関する基礎的検討(北海道博物館アイヌ民族文化研究センター研究紀要 8)」北海道博物館、2023年。
- 内閣府北方対策本部『北方領土の姿「戦前の姿」』内閣府。
- 独立行政法人北方領土問題対策協会『北方領土問題の歴史』北方領土問題対策協会。
- 内閣府北方対策本部『北方対策 ~北方領土の返還にむけて~ 令和7年度版(p.1-4 北方領土の概要)』内閣府、2025年。
- 国土地理院『電子国土基本図(地名情報)自然地名(国土地理院ベクトルタイル提供実験 experimental_nnfpt)』、2017年。
- 米国国家地理空間情報局(NGA)『GEOnet Names Server 地物記録(北方領土の島・岩、範囲検索 2026-10-22)』。
- 独立行政法人北方領土問題対策協会『色丹島の概要』北方領土問題対策協会。
- 独立行政法人北方領土問題対策協会『四島ガイドマップ』北方領土問題対策協会。
- 水路部『樺太南部沿岸千島列島水路誌:千島列島・樺太南部(書誌第3號B)』、1937年。
- 水路部『日本水路誌 第5巻』、1898年。
- 独立行政法人北方領土問題対策協会『北方領土の産業』北方領土問題対策協会。
- ロシア連邦天然資源環境省『Положение о федеральном государственном природном заказнике «Малые Курилы»(ロシア天然資源環境省命令 2009-08-19 第253号)』、2009年。
- 外務省『北方領土データ』。
- 独立行政法人北方領土問題対策協会『北方領土の概要』北方領土問題対策協会。
- 鳥居龍蔵『千島アイヌ』吉川弘文館、1903年。
- 内閣府北方対策本部『北方領土問題「歴史」』内閣府。
- 外務省『北方領土問題とは?』。
- 北海道新聞『<新・島だより>色丹(北海道新聞)』北海道新聞社、2019年。
- TASS『Russian Foreign Ministry protests to German embassy(TASS)』、2025年。
- Российская газета『Лавров: Россия признает декларацию 1956 года(Российская газета)』、2004年。
- 北海道庁『千島調査概要』、1942年。
- 内閣府北方対策本部『北方対策 ~北方領土の返還にむけて~ 令和7年度版(p.5-8 北方領土問題)』内閣府、2025年。
- 内閣府北方対策本部『北方対策 ~北方領土の返還にむけて~ 令和7年度版(p.17-22 訪問事業)』内閣府、2025年。
- 国土地理院『地理院タイル「全国最新写真(シームレス)」(seamlessphoto)』。