奥尻島は、11段の海成段丘をもつ島で、最も高い段丘面は北部で標高約320 mに達する。高位の段丘が対岸の渡島半島にないことが特徴とされる。1,21993年7月12日の北海道南西沖地震では、地震の数分後に津波が島を襲い、奥尻町では死者172人、行方不明者26人を数えた。3南端の青苗地区では火災も起き、189棟が焼けた。4青苗砂丘遺跡は北海道指定史跡で、サハリンに源流をもつオホーツク文化が奥尻島まで及んでいたことを示している。5
奥尻島(オクシリトウ)

基本情報
| 名称 | |
|---|---|
| 場所 | 北海道 奥尻町 |
| 人口 | 2,049人(2025年)9 |
| 面積 | 142.70 km²10 |
| 最高標高 | 584 m(神威山)11 |
| 座標 | 北緯 42.15491、東経 139.46724 |
| アクセス | 定期航路あり12 |
人口
3,921132000
3,643132005
3,029132010
2,690132015
2,410132020
2,04992025
位置
国土地理院国土地理院 / 海岸線:VMAP0
自然・地理
- 奥尻島の面積は142.70 km²である。14最高点は神威山で、標高は584 mである。15島の基盤は中生代の地層である奥尻層と、流紋岩質の藻内火山岩類からなり、これに花崗閃緑岩が貫入している。この花崗閃緑岩のカリウム・アルゴン法(K-Ar法)による年代は、約9580万年前(95.8±3.1 Ma)である。基盤の上は新第三系の地層が覆う。16西岸と北岸の急崖は、冬の北西風による波の侵食の影響が大きいとされる。17
- 奥尻島には11段の海成段丘があり、同じ資料の本文では「10段余」とも記されている。最も高いフケ歌沢面は、南部で標高260〜240 m、北部で約320 mにある。最も低い青苗岬面は標高約4 mで、縄文海進期の段丘とされる。1
- 鍋釣岩は、安山岩の岩脈が侵食から取り残されたもので、高さは約19 mある。1999年7月26日に町の名勝に指定された。5,18
- 奥尻島の周りには、室津島・無縁島・トド島・沖ノハッピなどの小島がある。19
- 奥尻島は全島が檜山道立自然公園の区域に含まれる。同公園は1960年4月20日に指定された。20
島のいろいろ
- 青苗砂丘遺跡は、6〜7世紀頃のオホーツク文化の遺跡とされ、2008年3月18日に北海道指定史跡となった。青苗遺跡の出土品である骨角器と土器119点は、2017年3月31日に北海道指定有形文化財となった。5
- 奥尻島では、明治末期まではニシン漁が主体だったとされる。7
- 奥尻町は、1960年の7,908人を人口のピークとしている。国勢調査による人口は、2000年に3,921人、2010年に3,029人、2020年に2,410人である。132025年の速報値は2,049人である。21
- 北海道南西沖地震は1993年7月12日22時17分頃に発生し、規模はM7.8であった。22奥尻島には地震計がなく、震度は6と推定されている。23津波は地震の数分後に島に達した。到達時刻は、資料によって2〜6分後と幅がある。22,23
- 津波の高さも、資料によって値が異なる。内閣府の資料集は打ち上げ高を31.7 mとする。22奥尻町は藻内地区で最高29 mとし、31 mとする説も併記している。23地質調査所の速報は、津波が陸を駆け上がった高さである遡上高を、藻内北方の谷筋で30.6 mとしている。24北海道の災害記録は、島全体でほぼ3 m以上、多くの地点で10 m以上の津波があり、西部が高く、東部は約4 mだったとする。4
- 奥尻町の人的被害は、死者172人、行方不明者26人、重傷者50人、軽傷者93人である。3青苗地区では地震後に火災が発生し、189棟、18,972 m²が焼けた。4奥尻島全体は、地震によって沈降した。25
- 奥尻町は1998年3月10日に完全復興を宣言した。26防潮堤は総延長13,908 mに及び、青苗漁港には高さ6.2 mの人工地盤「望海橋」が造られた。流失した青苗地区の跡地は、徳洋記念緑地公園になった。27北海道で初めての津波水門が、釣懸川・塩釜川・赤石川・青苗川に設けられた。28
- 奥尻島の名は、アイヌ語で「向こうの島」を意味する「イク・シリ」に由来するとされる。7永田方正の『北海道蝦夷語地名解』(1891年)は、奥尻郡の元の名を「イクシュンシリ」(Ikush un shiri)とし、「向島ノ義」とする。29
伝承
- 無縁島には次の伝説がある。島の娘の歌子と、能登から来た清次郎が恋仲になったが、二人は結ばれず、歌子は神威沼に身を沈めた。のちに、室津島で断食座禅をしていた僧「無縁」が波にさらわれ、無縁島と呼ばれる島に流れ着いた。その僧は清次郎だったという。30
アクセス
- 江差港と奥尻島を結ぶ定期航路を、オクシリアイランドフェリーが通年運航している。時刻は時期によって変わる。12
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1454(享徳3) | 武田信広が漂着したと伝えられる26 |
| 1720(享保5) | 新井白石『蝦夷志』が「奥尻」の字をあてる26 |
| 1767(明和4) | 田口九兵衛が移住し、永住者が増え始める26 |
| 1845(弘化2) | 松浦武四郎が来島26 |
| 1869(明治2) | 奥尻郡が置かれる26 |
| 1880(明治13) | 英国軍艦が青苗沖で座礁26 |
| 1891(明治24) | 稲穂岬灯台が点灯26 |
| 1906(明治39) | 奥尻村となる7 |
| 1931(昭和6)-07-21 | 深瀬春一が青苗貝塚を発見26 |
| 1960(昭和35) | 人口7,908人(町はこれをピークとする)13 |
| 1960(昭和35)-04-20 | 檜山道立自然公園に指定20 |
| 1963(昭和38)-05 | 奥尻大火26 |
| 1966(昭和41)-01-01 | 町制施行で奥尻町となる26 |
| 1983(昭和58) | 日本海中部地震の津波で2名が死亡26 |
| 1993(平成5)-07-12 | 北海道南西沖地震(22時17分頃、M7.8)。津波と青苗地区の火災22,23 |
| 1998(平成10)-03-10 | 完全復興宣言26 |
| 2000(平成12)-10-05 | 青苗漁港の人工地盤「望海橋」の完成式26 |
| 2001(平成13)-05-01 | 奥尻島津波館が本格オープン26 |
| 2008(平成20)-03-18 | 青苗砂丘遺跡が北海道指定史跡に5 |
注
- 1 秦光男・瀬川秀良・矢島淳吉『奥尻島北部及び南部地域の地質(地域地質研究報告 5万分の1図幅)』、1982年、2頁、11頁。
- 2 地質調査所『新刊紹介「奥尻島北部及び南部地域の地質」(地質ニュース 342号)』、1983年。
- 3 奥尻町『被害状況(北海道南西沖地震)』、2012年。
- 4 北海道『平成5年(1993年)北海道南西沖地震災害記録(内閣府 災害教訓情報資料集に収録)』、1995年、11頁。
- 5 奥尻町『指定文化財について』。
- 6 国土地理院『電子国土基本図(地名情報)自然地名(国土地理院ベクトルタイル提供実験 experimental_nnfpt)』、2017年。
- 7 奥尻町『奥尻町の沿革と歴史』。
- 8 永田方正『北海道蝦夷語地名解 第1-3篇』、1891年。
- 9 北海道 総合政策部計画局統計課『令和7年国勢調査速報 北海道の人口・世帯数(要計表に基づく集計)』、2026年。
- 10 国土地理院『令和8年全国都道府県市区町村別面積調(4月1日時点)付3 島面積』、2026年(2026年の値)。
- 11 国土地理院『日本の主な山岳標高(1003山)2026年3月31日版』、2026年(2026年の値)。
- 12 ハートランドフェリー株式会社/オクシリアイランドフェリー『ハートランドフェリー 時刻表(稚内~利尻島・稚内~礼文島・利尻島~礼文島・江差~奥尻島)』、2026年。
- 13 奥尻町『ひと目でわかる奥尻町』。
- 14 国土地理院『令和8年全国都道府県市区町村別面積調(4月1日時点)付3 島面積』、2026年、82頁。
- 15 国土地理院『日本の主な山岳標高(1003山)2026年3月31日版』、2026年。
- 16 秦光男・瀬川秀良・矢島淳吉『奥尻島北部及び南部地域の地質(地域地質研究報告 5万分の1図幅)』、1982年、9頁、18頁。
- 17 秦光男・瀬川秀良・矢島淳吉『奥尻島北部及び南部地域の地質(地域地質研究報告 5万分の1図幅)』、1982年、3頁。
- 18 秦光男・瀬川秀良・矢島淳吉『奥尻島北部及び南部地域の地質(地域地質研究報告 5万分の1図幅)』、1982年、4頁。
- 19 秦光男・瀬川秀良・矢島淳吉『奥尻島北部及び南部地域の地質(地域地質研究報告 5万分の1図幅)』、1982年、1頁。
- 20 北海道 環境生活部『檜山道立自然公園』。
- 21 北海道 総合政策部計画局統計課『令和7年国勢調査速報 北海道の人口・世帯数(要計表に基づく集計)』、2026年、9頁。
- 22 内閣府(防災担当)『北海道南西沖地震災害教訓情報資料集(概要)』。
- 23 奥尻町『北海道南西沖地震の概要』。
- 24 佃栄吉ほか「1993年北海道南西沖地震の地震災害調査速報(地質ニュース 471号)」、1993年、9頁。
- 25 佃栄吉ほか「1993年北海道南西沖地震の地震災害調査速報(地質ニュース 471号)」、1993年、10–11頁。
- 26 奥尻町『奥尻町のあゆみ(年表)』。
- 27 奥尻町『災害と復興の概要(パンフレット、平成26年改訂)』、2014年。
- 28 奥尻町『復興の概要』。
- 29 永田方正『北海道蝦夷語地名解 第1-3篇』、1891年、デジタル版16コマ。
- 30 奥尻町『無縁島(伝説)』。
参考文献
- 秦光男・瀬川秀良・矢島淳吉『奥尻島北部及び南部地域の地質(地域地質研究報告 5万分の1図幅)』工業技術院地質調査所、1982年。
- 地質調査所『新刊紹介「奥尻島北部及び南部地域の地質」(地質ニュース 342号)』、1983年。
- 奥尻町『被害状況(北海道南西沖地震)』、2012年。
- 北海道『平成5年(1993年)北海道南西沖地震災害記録(内閣府 災害教訓情報資料集に収録)』、1995年。
- 奥尻町『指定文化財について』。
- 国土地理院『電子国土基本図(地名情報)自然地名(国土地理院ベクトルタイル提供実験 experimental_nnfpt)』、2017年。
- 奥尻町『奥尻町の沿革と歴史』。
- 永田方正『北海道蝦夷語地名解 第1-3篇』北海道庁、1891年。
- 北海道 総合政策部計画局統計課『令和7年国勢調査速報 北海道の人口・世帯数(要計表に基づく集計)』北海道、2026年。
- 国土地理院『令和8年全国都道府県市区町村別面積調(4月1日時点)付3 島面積』、2026年。
- 国土地理院『日本の主な山岳標高(1003山)2026年3月31日版』、2026年。
- ハートランドフェリー株式会社/オクシリアイランドフェリー『ハートランドフェリー 時刻表(稚内~利尻島・稚内~礼文島・利尻島~礼文島・江差~奥尻島)』ハートランドフェリー株式会社、2026年。
- 奥尻町『ひと目でわかる奥尻町』。
- 北海道 環境生活部『檜山道立自然公園』北海道。
- 内閣府(防災担当)『北海道南西沖地震災害教訓情報資料集(概要)』内閣府。
- 奥尻町『北海道南西沖地震の概要』。
- 佃栄吉ほか「1993年北海道南西沖地震の地震災害調査速報(地質ニュース 471号)」地質調査所、1993年。
- 奥尻町『奥尻町のあゆみ(年表)』。
- 奥尻町『災害と復興の概要(パンフレット、平成26年改訂)』、2014年。
- 奥尻町『復興の概要』。
- 奥尻町『無縁島(伝説)』。
- 国土地理院『地理院タイル「全国最新写真(シームレス)」(seamlessphoto)』。