国後島は、北方四島で最も高い爺爺岳(標高1,772 m)がそびえる火山の島である。1,2爺爺岳は1973年に噴火し、対岸の根室でも降灰があった。1国後島は、1789年にはアイヌが蜂起したクナシリ・メナシの戦いの舞台となり、1811年にはロシアの軍艦の艦長ゴローニンがこの島で日本側に捕らえられた。3,4
国後島(クナシリトウ)

基本情報
| 名称 | |
|---|---|
| 場所 | 北海道 留夜別村・泊村 |
| 人口 | 7,677人(2024年)7 |
| 面積 | 1489.27 km²8 |
| 最高標高 | 1772 m(爺爺岳)9 |
| 座標 | 北緯 44.13805、東経 145.85452 |
| アクセス | 不明 |
位置
国土地理院国土地理院 / 海岸線:VMAP0
自然・地理
- 国後島の面積は1,489.27 km²である。10国後島は根室半島と知床半島の間にあり、全長は122 kmで、十数か所の温泉がある火山島とされる。11
- 1937年の水路誌によれば、国後島は千島列島の主島脈の南西端をなす大島で、南西から北東への長さは約122 km、幅は最も広い所で約30 km、最も狭い所で約5.6 kmである。12国後島の南半は北海道本島の東岸と水晶諸島に囲まれているため、南から望むと北海道本島の東端と見誤ることがあるという。北西岸は根室海峡の東浜にあたり、海峡を挟んで知床半島の東岸と向かい合う。島の地勢は高く険しく、泊山・島登山・ルルイ山・茶々嶽などの顕著な山峰が多い。12
- 1937年の水路誌によれば、国後島では初雪は11月上旬、終雪は5月中旬が例で、1月から3月に降雪が最も多い。霧は5月上旬から8月下旬までかかり、6月と7月に最も濃い。沿岸で強く荒れる風は、方言で「タマ」風と呼ばれる北西の烈風で、9月上旬から翌年4月下旬まで吹く。131月から3月までは海岸が氷結し、船の交通が途絶えるのが例だとしている。14
- 1937年の水路誌は、国後島の周りの小島・岩として、ウエンシリ埼の北東にある高さ14 mの2つの「尖岩」からなる二本岩、安渡移矢岬の北東にある辨天島(高さ50 m)、留夜別岬の南東にある荒島(高さ56 m)、チャシコツ埼などにある蠟燭岩を記している。15,16,17,18
- 気象庁は、国後島の爺爺岳・羅臼山・泊山を活火山として『日本活火山総覧』に収録している。
- 爺爺岳は標高1,772 mの成層火山で、山頂のカルデラの中に中央火口丘がある。爺爺岳では1973年まで噴気もなかったが、1973年7月14〜28日に北北西と南南東の山腹で噴火し、22日には根室測候所で1時間あたり23 kg/m²の降灰があった。1812年にも溶岩の流出が記録されている。1
- 羅臼山は標高882 mの成層火山で、溶岩ドームの中央火口丘をもち、噴気と温泉の活動が活発である。羅臼山は1880年に噴火した。19
- 泊山は標高535 mで、カルデラの中に溶岩ドーム・爆裂火口・温泉湖・噴気孔がある。泊山は1948年に噴火した。20
- 国後島と択捉島には、白いヒグマが生息するとされる。21
島のいろいろ
- 戦前、国後島には泊村と留夜別村が置かれていた。林業、さけ・ますのふ化事業、硫黄などの鉱業のほか、国後島では馬の畜産も行われていた。22
- 1789年、クナシリのアイヌの首長である惣長人が和人に毒殺されたと考えられたことなどを直接の原因として、アイヌが蜂起した。この蜂起はクナシリ・メナシの戦いと呼ばれ、首謀者37人が処刑された。1790年には、商人として交易権を請け負っていた飛騨屋の場所請負が取りやめになった。3
- ソ連軍は1945年9月1日に国後島に達し、現在はロシアが占拠している。23,24日本政府は、ロシアが北方四島を自国の行政区画の「南クリル地区」と「クリル地区」に含めていることを承知しているとしている。252024年1月1日のロシア側統計では、国後島の人口は7,677人で、日本人は住んでいない。26
- 日本語名は国後島(くなしりとう)である。5名称はアイヌ語で「草の島」に由来するとされる。11ロシアでは Kunashir、または Ostrov Kunashir と呼ばれる。6爺爺岳は Tiatia、羅臼山は Mendeleev、泊山は Golovnin とも呼ばれる。1,19,20
日本政府の立場
- 日本政府は、北方四島を一度も外国の領土となったことがない日本固有の領土とし、1945年8月の第二次世界大戦終了直後にソ連軍に不法に占拠され、現在もロシアによる不法占拠が続いているとする。四島の帰属の問題を解決して平和条約を結ぶことを基本方針としている。24
ロシアの立場
- ロシア外務省の発言として報じられたところでは、ロシア政府は、南クリル(北方四島)に対するロシアの主権は議論の余地がなく、島々は第二次世界大戦後の連合国の取り決めと国連憲章に基づいて合法的に得たものだとしている。27
伝承
- 材木岩については、昔、知床半島と国後島をつなぐ大きな石の架け橋がかかっていたという伝説が紹介されている。2
アクセス
- 日本政府は、1989年の閣議了解に基づき、ロシアの不法占拠の下で北方領土に入域しないよう国民に要請している。24
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1754(宝暦4) | 国後島に場所が置かれる23 |
| 1789(寛政元) | クナシリ・メナシの戦い。首謀者37人が処刑され、翌年、飛騨屋の場所請負が取りやめになる3 |
| 1811(文化8) | ゴローニンが国後島で日本側に捕らえられる4 |
| 1812(文化9) | 爺爺岳で溶岩の流出1 |
| 1855(安政元) | 日魯通好条約で、択捉島とウルップ島の間を国境とする28 |
| 1869(明治2) | 開拓使が置かれ、四島が郡制に組み入れられる23 |
| 1880(明治13) | 羅臼山が噴火19 |
| 1935(昭和10) | 泊村の人口5,644、留夜別村の人口2,903(1937年の水路誌による昭和10年の調べ)12 |
| 1945(昭和20)-08-15 | 1,327世帯・7,364人が住む22 |
| 1945(昭和20)-09-01 | ソ連軍が国後島に達する23 |
| 1947〜1948 | 北方四島に残っていた住民が強制退去させられる(四島全体)29 |
| 1948(昭和23) | 泊山が噴火20 |
| 1973(昭和48)-07 | 爺爺岳が噴火1 |
| 1992(平成4) | 四島交流(ビザなし交流)が始まる30 |
| 1999(平成11) | 日本の緊急人道支援で「日本人とロシア人の友好の家」が設けられる2 |
注
- 1 気象庁『日本活火山総覧(第4版)108 爺爺岳』、2013年。
- 2 独立行政法人北方領土問題対策協会『四島ガイドマップ』。
- 3 内閣官房 領土・主権対策企画調整室『領土・主権展示館 展示 No.17 クナシリ・メナシの戦い』。
- 4 文化庁(函館市指定文化財)『文化遺産オンライン「伝ゴローニンの書」』。
- 5 国土地理院『電子国土基本図(地名情報)自然地名(国土地理院ベクトルタイル提供実験 experimental_nnfpt)』、2017年。
- 6 米国国家地理空間情報局(NGA)『GEOnet Names Server 地物記録(北方領土の島・岩、範囲検索 2026-10-22)』。
- 7 内閣府北方対策本部『北方対策 ~北方領土の返還にむけて~ 令和7年度版(p.1-4 北方領土の概要)』、2025年。
- 8 国土地理院『令和8年全国都道府県市区町村別面積調(4月1日時点)付3 島面積』、2026年(2026年の値)。
- 9 気象庁『日本活火山総覧(第4版)108 爺爺岳』、2013年(2013年の値)。
- 10 国土地理院『令和8年全国都道府県市区町村別面積調(4月1日時点)付3 島面積』、2026年、82頁。
- 11 内閣府北方対策本部『北方領土の姿』。
- 12 水路部『樺太南部沿岸千島列島水路誌:千島列島・樺太南部(書誌第3號B)』、1937年、42頁。
- 13 水路部『樺太南部沿岸千島列島水路誌:千島列島・樺太南部(書誌第3號B)』、1937年、43頁。
- 14 水路部『樺太南部沿岸千島列島水路誌:千島列島・樺太南部(書誌第3號B)』、1937年、44頁。
- 15 水路部『樺太南部沿岸千島列島水路誌:千島列島・樺太南部(書誌第3號B)』、1937年、46頁。
- 16 水路部『樺太南部沿岸千島列島水路誌:千島列島・樺太南部(書誌第3號B)』、1937年、48頁。
- 17 水路部『樺太南部沿岸千島列島水路誌:千島列島・樺太南部(書誌第3號B)』、1937年、50頁。
- 18 水路部『樺太南部沿岸千島列島水路誌:千島列島・樺太南部(書誌第3號B)』、1937年、56頁。
- 19 気象庁『日本活火山総覧(第4版)109 羅臼山』、2013年。
- 20 気象庁『日本活火山総覧(第4版)110 泊山』、2013年。
- 21 独立行政法人北方領土問題対策協会『北方領土の概要』。
- 22 内閣府北方対策本部『北方領土の姿「戦前の姿」』。
- 23 独立行政法人北方領土問題対策協会『北方領土問題の歴史』。
- 24 外務省『北方領土問題とは?』。
- 25 内閣総理大臣 小泉純一郎『答弁書(内閣衆質164第10号)』、2006年。
- 26 内閣府北方対策本部『北方対策 ~北方領土の返還にむけて~ 令和7年度版(p.1-4 北方領土の概要)』、2025年、1–2頁。
- 27 TASS『Russian Foreign Ministry protests to German embassy(TASS)』、2025年。
- 28 外務省『北方領土問題の経緯』。
- 29 内閣府北方対策本部『北方対策 ~北方領土の返還にむけて~ 令和7年度版(p.5-8 北方領土問題)』、2025年、5–6頁。
- 30 独立行政法人北方領土問題対策協会『四島交流事業の概要』。
参考文献
- 気象庁『日本活火山総覧(第4版)108 爺爺岳』、2013年。
- 独立行政法人北方領土問題対策協会『四島ガイドマップ』北方領土問題対策協会。
- 内閣官房 領土・主権対策企画調整室『領土・主権展示館 展示 No.17 クナシリ・メナシの戦い』内閣官房。
- 文化庁(函館市指定文化財)『文化遺産オンライン「伝ゴローニンの書」』文化庁。
- 国土地理院『電子国土基本図(地名情報)自然地名(国土地理院ベクトルタイル提供実験 experimental_nnfpt)』、2017年。
- 米国国家地理空間情報局(NGA)『GEOnet Names Server 地物記録(北方領土の島・岩、範囲検索 2026-10-22)』。
- 内閣府北方対策本部『北方対策 ~北方領土の返還にむけて~ 令和7年度版(p.1-4 北方領土の概要)』内閣府、2025年。
- 国土地理院『令和8年全国都道府県市区町村別面積調(4月1日時点)付3 島面積』、2026年。
- 内閣府北方対策本部『北方領土の姿』内閣府。
- 水路部『樺太南部沿岸千島列島水路誌:千島列島・樺太南部(書誌第3號B)』、1937年。
- 気象庁『日本活火山総覧(第4版)109 羅臼山』、2013年。
- 気象庁『日本活火山総覧(第4版)110 泊山』、2013年。
- 独立行政法人北方領土問題対策協会『北方領土の概要』北方領土問題対策協会。
- 内閣府北方対策本部『北方領土の姿「戦前の姿」』内閣府。
- 独立行政法人北方領土問題対策協会『北方領土問題の歴史』北方領土問題対策協会。
- 外務省『北方領土問題とは?』。
- 内閣総理大臣 小泉純一郎『答弁書(内閣衆質164第10号)』衆議院、2006年。
- TASS『Russian Foreign Ministry protests to German embassy(TASS)』、2025年。
- 外務省『北方領土問題の経緯』。
- 内閣府北方対策本部『北方対策 ~北方領土の返還にむけて~ 令和7年度版(p.5-8 北方領土問題)』内閣府、2025年。
- 独立行政法人北方領土問題対策協会『四島交流事業の概要』北方領土問題対策協会。
- 国土地理院『地理院タイル「全国最新写真(シームレス)」(seamlessphoto)』。