霧多布島(キリタップトウ)

霧多布島は、砂州で陸と繋がっていた島で、1960年5月24日のチリ地震津波で砂州が切断され、再び島になった。1その8年前の1952年十勝沖地震では、湾に残っていた流氷を伴う津波が霧多布を襲った。2江戸時代には、アイヌとの交易のために区切られた区域である「場所」の一つ、キイタップ場所が霧多布島を中心に営まれたとされる。3

霧多布島の航空写真
航空写真(国土地理院国土地理院)

基本情報

名称
  • 霧多布島(キリタップトウ)4
  • 湯沸(トウフツ)別名4
  • 霧多布半島(キリタップハントウ)別名4
場所北海道 浜中町
人口942人(2020年)5
座標北緯 43.08009、東経 145.16091
アクセス不明

位置

国土地理院国土地理院 / 海岸線:VMAP0

自然・地理

島のいろいろ

アクセス

年表

年 出来事
1701(元禄14)とされる キイタップ場所が成立(『福山秘府』の記事による『浜中町史』などの説。『蝦夷地一件』は「元禄中」)3
1879(明治12) 霧多布の永住戸は3戸10
1882(明治15) 「霧多布島陸繋部」の東側に市街地を区画し、地域の中心とする(約60戸)10
1884(明治17) 霧多布と新川の間に渡船場の桟橋11
1885(明治18)-07 浜中村から分かれて霧多布村が成立(1906年まで)10
明治中期 砂州が広がり陸続きになったとされる(要裏取り)4
1952(昭和27)-03-04 十勝沖地震。約3 mの津波が琵琶瀬湾の流氷を割って押し寄せ、家屋が壊された2
1960(昭和35)-05-24 チリ地震津波。10時45分に砂州が切断され、再び島になる1
1960 霧多布大橋が流失11
1961 永久橋が完成11
2021(令和3)-03-30 厚岸霧多布昆布森国定公園が指定される9

注

  1. 1 建設省国土地理院『チリ地震津波調査報告書 ― 海岸地形とチリ地震津波 ―』、1961年、25–26頁。
  2. 2 北海道開発局『雪氷期の津波沿岸防災対策検討会 第1回検討会資料』、2012年、15–17頁。
  3. 3 平凡社『日本歴史地名大系 北海道の地名「キイタップ場所」項』。
  4. 4 平凡社『日本歴史地名大系 北海道の地名「霧多布島」項』。
  5. 5 総務省統計局『令和2年国勢調査 小地域集計(町丁・字等)男女別人口総数及び世帯総数(北海道)』、2020年。
  6. 6 長尾捨一・石山昭二・吉田三郎(北海道立地下資源調査所)『5万分の1地質図幅説明書「霧多布」(釧路-第38号)』、1966年、12–15頁。
  7. 7 長尾捨一・石山昭二・吉田三郎(北海道立地下資源調査所)『5万分の1地質図幅説明書「霧多布」(釧路-第38号)』、1966年、32頁。
  8. 8 棚橋学ほか『浜中湾-霧多布海岸の白亜系~古第三系根室層群(GSJ地質ニュース Vol.1 No.12)』、2012年。
  9. 9 北海道 環境生活部『厚岸霧多布昆布森国定公園』。
  10. 10 平凡社『日本歴史地名大系 北海道の地名「霧多布村」項』。
  11. 11 浜中町(部署は資料に記載なし)『ちりっぷアサリ検定問題(第1章〜第4章)』。
  12. 12 北海道開発局『雪氷期の津波沿岸防災対策検討会 第1回検討会資料』、2012年、16–17頁。
  13. 13 内閣府(防災担当)『災害史・事例集 2-3. 十勝沖地震(1952年)』。
  14. 14 長尾捨一・石山昭二・吉田三郎(北海道立地下資源調査所)『5万分の1地質図幅説明書「霧多布」(釧路-第38号)』、1966年、2–3頁。
  15. 15 北海道 水産林務部『浜中漁業協同組合(北海道の漁協紹介)』。

参考文献