神威岩は、神威岬の先端の海中に立つ岩である。1北海道は「岬の先端の神威岩には、悲恋の物語が伝えられています」としている。1この悲恋の物語の内容は、伝承の節で述べるように、2018年の日本地質学会の講演要旨が「チャレンカ伝説」として紹介している。21856年まで、神威岬から先は女人禁制とされていた。3,4神威岩の高さは、辞典によって40 m、41 mとされる。3,5
神威岩(カムイイワ)

基本情報
| 名称 |
|
|---|---|
| 場所 | 北海道 積丹町 |
| 人口 | 0人 |
| 座標 | 北緯 43.33578、東経 140.34289 |
| アクセス | 不明 |
位置
国土地理院国土地理院 / 海岸線:VMAP0
自然・地理
- 神威岩は神威岬の前方の海中にあり、高さ40 mで鋭くとがる。3別の辞典は高さを41 mとし、また「僧帽を被ったような大岩」と形容している。5,4神威岬の北西は、神威岩・メノコ岩などがある岩礁地帯である。7
- 神威岬付近に分布する新第三紀鮮新世の野塚層は、黒雲母角閃石石英安山岩という安山岩の水冷破砕岩、すなわち溶岩が水で急に冷やされて砕けた岩石を伴う。82018年の日本地質学会の講演要旨は、神威岬の下部は鮮新世前期の余別層、上部は更新世前期の野塚層で、岬先端の神威岩は余別層の黒雲母角閃石安山岩を含む火山角礫岩からなるとする。この講演要旨は鈴木明彦ほかによるもので、大会は北海道胆振東部地震のためプログラムが中止された。2
- 神威岩は、1963年7月24日に指定されたニセコ積丹小樽海岸国定公園を代表する奇岩の一つに挙げられている。1
島のいろいろ
- 1940年に北海道庁が編んだ『北海道の口碑伝説』は、余別村の項に、役場の調べによるものとして「神威岩」を立てる。それによると、岬を離れた海中の大きな岩は法師の帽子をかぶって立つ姿に似ており、アイヌはこれをカムイと呼んで神として敬った。和人がそれに「オ」を付けて「オカムイ」と呼んだので、昔は岬をオカムイ岬と呼んだ。オカムイ岩の北西にあるもう一つの岩は、俗に「メノコ」岩と呼ぶ、とする。9
- 神威岬から先は、1856年まで女人禁制だったとされる。3,4高野宏康による2018年の『BYWAY後志』の記事は、1691年に松前藩が神威岬から北への婦女子の通行を禁じ、1855年に蝦夷地が幕府の直轄になって解除されたとしており、解除の年は資料によって1855年と1856年に分かれる。10別の辞典は、幕末までこの岩より北への婦女子の通行が許されなかったとしている。5
- 同じ『BYWAY後志』の記事は、北前船が神威岬に近づくと、炊(カシキ)が裸になって褌を締め、腰に注連縄を巻いて船のへりを三度回る「オカムイマイリ」という風習があったとする。また、源義経を慕って身を投げたチャレンカの嫉妬が女性を乗せた船を転覆させるため、岬一帯が女人禁制になったという伝説を紹介している。10
伝承
- 神威岩には悲恋の物語が伝えられている。12018年の講演要旨は、2002年の阿部敏夫『北海道義経伝説序説』に拠って、大陸に渡るため義経に置き去りにされたアイヌの娘チャレンカが神威岬沖の神威岩になったという伝説を、「チャレンカ伝説」として紹介している。2
- 1924年に礼文島の伝承を報告した宮坂光次は、『北海道志』を引いて次のように記している。神威岬から約900 mを隔てて高さ約42 mの巨岩があり、その形は人が衣冠して礼をするようである。アイヌは尊んでこれを神とし、米・酒を海に投じて祭り、船が岬の北へ行くときは盃を挙げて祝った。11
- 1940年の『北海道の口碑伝説』は、岬の沖を船で通るとき、アイヌはイナホ、すなわち木幣を捧げ、唱え言をしてカムイ岩に手向け、和人は藁人形や酒などを手向けて無事を祈ったとする。また、岬の神は婦女を忌み、これより奥に和人の婦女を入らせないのが古くからの慣わしだったとする。12
アクセス
- 神威岩は神威岬の沖の海中にあり、陸から離れている。5
年表
注
- 1 北海道 後志総合振興局 環境生活課『ニセコ積丹小樽海岸国定公園』、2025年。
- 2 鈴木明彦・笠原健太郎・圓谷昂史「北海道積丹半島沿岸の奇岩の地質と義経伝説(日本地質学会第125年学術大会 講演要旨 T1-O-9)」、2018年。
- 3 平凡社『改訂新版 世界大百科事典「神威岬」項』。
- 4 小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)「神威岬」項』。
- 5 平凡社『百科事典マイペディア「神威岬」項』。
- 6 国土地理院『電子国土基本図(地名情報)自然地名(国土地理院ベクトルタイル提供実験 experimental_nnfpt)』、2017年。
- 7 平凡社『日本歴史地名大系 1 北海道の地名「神威岬」項』。
- 8 山岸宏光・石井正之『5万分の1地質図幅説明書「余別および積丹岬」(札幌-第8号)』、1979年、30頁。
- 9 北海道庁 編『北海道の口碑伝説』、1940年、デジタル版104コマ。
- 10 高野宏康『北前船と後志(二)〜積丹・神恵内の北前船の遺産〜(『BYWAY後志』第19号)』、2018年、PDF 1頁。
- 11 宮坂光次「見ないカムイ(『人類學雜誌』39巻7-9号 pp.274–279)」、1924年、278頁。
- 12 北海道庁 編『北海道の口碑伝説』、1940年、デジタル版105コマ。
参考文献
- 北海道 後志総合振興局 環境生活課『ニセコ積丹小樽海岸国定公園』北海道、2025年。
- 鈴木明彦・笠原健太郎・圓谷昂史「北海道積丹半島沿岸の奇岩の地質と義経伝説(日本地質学会第125年学術大会 講演要旨 T1-O-9)」日本地質学会、2018年。
- 平凡社『改訂新版 世界大百科事典「神威岬」項』。
- 小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)「神威岬」項』。
- 平凡社『百科事典マイペディア「神威岬」項』。
- 国土地理院『電子国土基本図(地名情報)自然地名(国土地理院ベクトルタイル提供実験 experimental_nnfpt)』、2017年。
- 平凡社『日本歴史地名大系 1 北海道の地名「神威岬」項』。
- 山岸宏光・石井正之『5万分の1地質図幅説明書「余別および積丹岬」(札幌-第8号)』北海道立地下資源調査所、1979年。
- 北海道庁 編『北海道の口碑伝説』日本教育出版社、1940年。
- 高野宏康『北前船と後志(二)〜積丹・神恵内の北前船の遺産〜(『BYWAY後志』第19号)』BYWAY後志発行委員会事務局、2018年。
- 宮坂光次「見ないカムイ(『人類學雜誌』39巻7-9号 pp.274–279)」日本人類学会、1924年。
- 国土地理院『地理院タイル「全国最新写真(シームレス)」(seamlessphoto)』。