函館山は、かつての火山島が沿岸流の運んだ砂州で陸とつながった陸繋島であり、その砂州の上に函館の市街が広がる。11911年に函館区が編んだ『函館区史』は、函館山を「海中に隆起せる孤山」とし、現在の市街の地頸部はもと函館山と亀田の間の浅瀬で、函館山は「一箇の島なりし」と述べている。2,3函館山には1897年から1906年までの間に要塞が築かれ、1946年に開放されるまで、一般の立ち入りと写生・撮影・測量が禁じられていた。4
函館山(ハコダテヤマ)

基本情報
| 名称 |
|
|---|---|
| 場所 | 北海道 函館市 |
| 人口 | 不明 |
| 最高標高 | 332 m(函館山)6 |
| 座標 | 北緯 41.7592、東経 140.70425 |
| アクセス | 不明 |
位置
国土地理院国土地理院 / 海岸線:VMAP0
自然・地理
- 1911年の『函館区史』によれば、函館山は北北西から南南東にやや長く、牛の横たわる姿に似ていることから臥牛山とも呼ばれる。同書は、最高峰を御殿山といい、ほかに薬師山・立待峰などがあると書く。2
- 函館山の最高点は御殿山で、標高は332 mである。7函館山の北部は御殿山を主峰とする山地群、南部は標高約250〜300 mの千畳敷の溶岩台地からなる。南東の谷地頭は、かつての爆裂火口と推定されている。8
- 函館山の火山岩類は、下から立待岬溶岩・千畳敷集塊岩・高竜寺山溶岩・千畳敷溶岩・御殿山溶岩に分けられる。9噴出の時期について、1965年の地質図幅説明書は、明確ではないとしつつも、新第三紀末〜第四紀初期と考えている。10一方、市立函館博物館は約2500万年前に噴出した安山岩としており、年代は資料によって食い違う(要調査)。11
- 函館山は、沿岸流が発達させた砂州で陸とつながった陸繋島とされる。1砂州は千代台から山の麓まで約3 km続く。『函館市史 銭亀沢編』は、東雲町の自然貝層の放射性炭素年代(4040±100 y.B.P.)などから、砂州は約4000年前以降に海上に現れたが、約2500年前にもまだ付け根は浅い海だったとし、函館山と完全につながった時期は確認されていないとする。12市立函館博物館は、約3000年前に陸続きになったと説明している。11
- 1911年の『函館区史』によれば、砂頸部の幅は、明治維新前には最も狭い所で約440 mだったが、その後の埋め立てで約650 mになった。同書は、港内の水と外海の水がぶつかる所に砂がたまって砂州となり、島を亀田につないだと推察されるとしながら、地変による隆起かもしれないとも書いている。3
- 函館山には、北海道指定の函館山鳥獣保護区がある。面積は353 haで、そのうち327 haが特別保護地区である。13
島のいろいろ
伝承
- 松浦武四郎の『蝦夷日誌』(1845年)によれば、谷地頭という地名は谷地の上手にあることによるが、「八つの頭の大蛇」が住んでいたためという伝説もある。同書は頂上を薬師山とも呼び、眼病の人が薬師堂にこもったと記す。15
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1616(元和2) | 良道阿闍梨が箱館山に金銅の薬師仏を祀ったとされる(『蝦夷島奇観』による)15 |
| 1655(明暦元) | 医王山明神の草創(『蝦夷実地検考録』による)15 |
| 1810(文化7) | 七重村の卯之助らが箱館山に杉苗2万本余を植える15 |
| 1897(明治30) | 『函館区史』は、この年に全山が陸軍要塞砲兵隊の所轄となり人民の登山を禁じたとする2 |
| 1897〜1899(明治30〜32) | 要塞工事が始まり、函館要塞として完成(着工・完成の年は資料により異なる)4,16 |
| 1904(明治37)-07-20 | ウラジオストク艦隊の津軽海峡通過を砲台は阻止できなかった16 |
| 1927(昭和2)-04 | 津軽要塞と改称4 |
| 1946(昭和21)-05 | 要塞地帯から開放される(10月とする資料もある)4 |
注
- 1 国土地理院『土地条件調査解説書 函館地区』、2010年、1頁、10頁。
- 2 函館区 編『函館区史』、1911年、デジタル版25コマ。
- 3 函館区 編『函館区史』、1911年、デジタル版27コマ。
- 4 市立函館博物館(道南ブロック博物館施設等連絡協議会)『南北海道の文化財「函館山要塞跡」』、2015年。
- 5 国土地理院『電子国土基本図(地名情報)自然地名(国土地理院ベクトルタイル提供実験 experimental_nnfpt)』、2017年。
- 6 国土地理院『土地条件調査解説書 函館地区』、2010年。
- 7 国土地理院『土地条件調査解説書 函館地区』、2010年、5頁。
- 8 函館市『函館市史 通説編 第一巻(函館市地域史料アーカイブ ADEAC)』、「山岳地」。
- 9 三谷勝利・小山内熙・松下勝秀・鈴木守『5万分の1地質図幅説明書「函館」(札幌-第85号)』、1965年、12頁。
- 10 三谷勝利・小山内熙・松下勝秀・鈴木守『5万分の1地質図幅説明書「函館」(札幌-第85号)』、1965年、19頁。
- 11 市立函館博物館(道南ブロック博物館施設等連絡協議会)『南北海道の文化財「函館山」』。
- 12 函館市『函館市史 銭亀沢編 コラム「陸繋砂州はいつ頃現れたのか」』。
- 13 函館市『函館市の環境(環境報告書)第2章』、2025年。
- 14 函館市 土木部公園河川管理課『函館山(ガイドブック)』、2025年。
- 15 函館市『函館市史 通説編 第一巻(函館市地域史料アーカイブ ADEAC)』。
- 16 函館市『函館市史 通説編 第3巻 第5編第2章第3節(要塞)』。
参考文献
- 国土地理院『土地条件調査解説書 函館地区』、2010年。
- 函館区 編『函館区史』函館区、1911年。
- 市立函館博物館(道南ブロック博物館施設等連絡協議会)『南北海道の文化財「函館山要塞跡」』、2015年。
- 国土地理院『電子国土基本図(地名情報)自然地名(国土地理院ベクトルタイル提供実験 experimental_nnfpt)』、2017年。
- 函館市『函館市史 通説編 第一巻(函館市地域史料アーカイブ ADEAC)』。
- 三谷勝利・小山内熙・松下勝秀・鈴木守『5万分の1地質図幅説明書「函館」(札幌-第85号)』北海道立地下資源調査所、1965年。
- 市立函館博物館(道南ブロック博物館施設等連絡協議会)『南北海道の文化財「函館山」』。
- 函館市『函館市史 銭亀沢編 コラム「陸繋砂州はいつ頃現れたのか」』。
- 函館市『函館市の環境(環境報告書)第2章』、2025年。
- 函館市 土木部公園河川管理課『函館山(ガイドブック)』函館市、2025年。
- 函館市『函館市史 通説編 第3巻 第5編第2章第3節(要塞)』。
- 国土地理院『地理院タイル「全国最新写真(シームレス)」(seamlessphoto)』。