択捉島は、面積3,166.64 km²で、北海道本島・本州・四国・九州を除くと日本で最も大きい島とされる。1,21798年には、近藤重蔵がこの島に「大日本恵登呂府」の標柱を建てた。31941年11月26日には、ハワイ作戦の機動部隊が択捉島の単冠湾から出撃した。4
択捉島(エトロフトウ)

基本情報
| 名称 | |
|---|---|
| 場所 | 北海道 留別村・紗那村・蘂取村 |
| 人口 | 6,956人(2024年)7 |
| 面積 | 3166.64 km²8 |
| 最高標高 | 1629 m(西単冠山)9 |
| 座標 | 北緯 45.08277、東経 147.78849 |
| アクセス | 不明 |
位置
国土地理院国土地理院 / 海岸線:VMAP0
自然・地理
- 択捉島の面積は3,166.64 km²である。2択捉島は国後島の北東22.5 kmに位置する全長204 kmの島で、北端のカモイワッカ岬は日本の最北端とされる。10東海岸は断崖が多く港がほとんどないのに対し、西海岸には段丘やなだらかな斜面が多い。11最高峰は西単冠山(標高1,629 m)とされる。9
- 1937年の水路誌によれば、択捉島は国後水道を隔てて国後島の北東に並ぶ島で、南西から北東への長さは約200 km、幅は約6〜30 kmである。島内の各所には1,000 m前後の顕著な高い峰があり、航海者の「よい目標」になる。岸はおおむね急に深くなり、岸から約1.9 kmより沖には、離れて存在する危険な岩礁である「険礁」はない。大型船が停泊できる錨地は10数か所あり、北西岸に丹根萠湾・内保湾・宇多須都湾・老門湾・振別錨地・留別湾・紗那湾・紗萬部錨地・別飛錨地・蘂取錨地の10か所、東岸に茂世路湾、南東岸に単冠湾と「ロッコウ」湾の2か所がある。12
- 1937年の水路誌によれば、択捉島の降雪は10月に始まって翌年5月に終わり、1月と2月に最も多い。ただし強い風に吹き払われるため、山の谷やくぼ地を除けば、積雪は130 cm前後にすぎない。雪は4月下旬から解け始め、原野では5月下旬に解けきるが、高い峰の谷間では夏も残雪が絶えない。霧は年中ほとんど絶えることがなく、6月から8月に最も多い。13
- 1937年の水路誌は、択捉島の周りの小島・岩として、萠消湾の萠消島(高さ168 m)、戸渡岩、紗萬部錨地の立岩、蘂取の大黒島(高さ44 m)と辨天島(高さ22 m)、臘虎島、眼鏡岩、ウルモベツ岬の北東の鳥島などを記している。同書によれば、辨天島の最高部には小祠があり、鳥島は5つの孤立した岩からなり、最も高い岩は51 mである。14,15,16,17,18,19
- 気象庁は、択捉島の茂世路岳・散布山・指臼岳・小田萌山・択捉焼山・択捉阿登佐岳を活火山として『日本活火山総覧』に収録している。最も新しい噴火の記録は択捉焼山のもので、2012年8月15〜26日に噴火し、噴煙の高さは4〜5 kmに達した。20茂世路岳は1999年10月7〜13日に噴火し、そのカルデラ内の硫黄岳では噴気活動がある。21
- エゾマツ・トドマツは択捉島まで分布するが、得撫島より北には分布しないとされ、この境界は宮部ラインと呼ばれる。22国後島と択捉島には、白いヒグマが生息するとされる。23環境省は、萌消湾から内保湾にかけての海域を、ラッコにとっても重要な海域と考えられるとしている。24
島のいろいろ
- 択捉島には留別村・紗那村・蘂取村が置かれた。25島の中心は紗那で、官公庁が集まっていた。終戦時の人口は、留別村2,258人、紗那村1,001人、蘂取村349人であった。11島にはサケ・マスの人工孵化場や缶詰工場、鯨の加工場があったとされる。23
- ソ連軍は1945年8月28日に択捉島を占領し、現在はロシアが占拠している。3,26日本政府は、ロシアが北方四島を自国の行政区画である「南クリル地区」と「クリル地区」に含めていることを承知しているとしている。27北方領土問題対策協会によれば、紗那には、択捉島とそれより北の島々を管轄する「クリル地区」の行政府がある。92024年1月1日のロシア側統計では、択捉島の人口は6,956人で、日本人は住んでいない。28防衛白書は、2018年8月に択捉島の新しい民間空港へSu-35戦闘機3機が配備されたと伝えられているとしている。29
- 択捉島の日本語名は択捉島(えとろふとう)である。5名称はアイヌ語の「岬のあるところ」に由来するとされる。10ロシアでは Iturup(Ostrov Iturup)と呼ばれる。6紗那のロシア名はクリリスク(Курильск)とされる。30
日本政府の立場
- 日本政府は、北方四島を一度も外国の領土となったことがない日本固有の領土とし、1945年8月の第二次世界大戦終了直後にソ連軍に不法に占拠され、現在もロシアによる不法占拠が続いているとする。四島の帰属の問題を解決して平和条約を結ぶことを基本方針としている。26
ロシアの立場
- ロシア外務省の発言として報じられたところでは、ロシア政府は、南クリル、すなわち北方四島に対するロシアの主権は議論の余地がなく、島々は第二次世界大戦後の連合国の取り決めと国連憲章に基づいて合法的に得たものだとしている。31
アクセス
- 日本政府は、1989年の閣議了解に基づき、ロシアの不法占拠の下で北方領土に入域しないよう国民に要請している。26
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1643 | オランダのフリースの航海で、択捉島が「スターテンランド」と名付けられる32 |
| 1786(天明6) | 最上徳内らが国後島から択捉島に渡る32 |
| 1798(寛政10) | 近藤重蔵が最上徳内とともに択捉島に渡り、「大日本恵登呂府」の標柱を建てる3 |
| 1799〜1800 | 近藤重蔵が高田屋嘉兵衛らと再び渡り、郷村制を敷き17か所の漁場を開く3 |
| 1855(安政元) | 日魯通好条約で、択捉島とウルップ島の間を国境とする33 |
| 1869(明治2) | 開拓使が置かれ、四島が郡制に組み入れられる34 |
| 1941(昭和16)-11-26 | ハワイ作戦の部隊が単冠湾を出撃4 |
| 1935(昭和10) | 留別村の人口2,554、紗那村2,073、蘂取村1,482(1937年の水路誌による昭和10年の調べ)12 |
| 1945(昭和20)-08-15 | 739世帯・3,608人が住む25 |
| 1945(昭和20)-08-28 | ソ連軍が択捉島を占領3 |
| 1947〜1948 | 島民が強制退去させられ、樺太を経て送還される3 |
| 1999(平成11)-10 | 茂世路岳が噴火21 |
| 2012(平成24)-08 | 択捉焼山が噴火20 |
注
- 1 内閣府北方対策本部『北方対策 ~北方領土の返還にむけて~ 令和7年度版(p.1-4 北方領土の概要)』、2025年、2頁。
- 2 国土地理院『令和8年全国都道府県市区町村別面積調(4月1日時点)付3 島面積』、2026年、82頁。
- 3 内閣府北方対策本部『北方領土問題「歴史」』。
- 4 アジア歴史資料センター(国立公文書館)『公文書に見る日米交渉「ハワイ作戦部隊、択捉島ヒトカップ湾を出撃」』。
- 5 国土地理院『電子国土基本図(地名情報)自然地名(国土地理院ベクトルタイル提供実験 experimental_nnfpt)』、2017年。
- 6 米国国家地理空間情報局(NGA)『GEOnet Names Server 地物記録(北方領土の島・岩、範囲検索 2026-10-22)』。
- 7 内閣府北方対策本部『北方対策 ~北方領土の返還にむけて~ 令和7年度版(p.1-4 北方領土の概要)』、2025年。
- 8 国土地理院『令和8年全国都道府県市区町村別面積調(4月1日時点)付3 島面積』、2026年(2026年の値)。
- 9 独立行政法人北方領土問題対策協会『四島ガイドマップ』。
- 10 内閣府北方対策本部『北方領土の姿』。
- 11 独立行政法人北方領土問題対策協会『択捉島の概要』。
- 12 水路部『樺太南部沿岸千島列島水路誌:千島列島・樺太南部(書誌第3號B)』、1937年、61頁。
- 13 水路部『樺太南部沿岸千島列島水路誌:千島列島・樺太南部(書誌第3號B)』、1937年、62頁。
- 14 水路部『樺太南部沿岸千島列島水路誌:千島列島・樺太南部(書誌第3號B)』、1937年、65頁。
- 15 水路部『樺太南部沿岸千島列島水路誌:千島列島・樺太南部(書誌第3號B)』、1937年、71頁。
- 16 水路部『樺太南部沿岸千島列島水路誌:千島列島・樺太南部(書誌第3號B)』、1937年、76頁。
- 17 水路部『樺太南部沿岸千島列島水路誌:千島列島・樺太南部(書誌第3號B)』、1937年、80–81頁。
- 18 水路部『樺太南部沿岸千島列島水路誌:千島列島・樺太南部(書誌第3號B)』、1937年、86–87頁。
- 19 水路部『樺太南部沿岸千島列島水路誌:千島列島・樺太南部(書誌第3號B)』、1937年、90頁。
- 20 気象庁『日本活火山総覧(第4版)104 択捉焼山』、2013年。
- 21 気象庁『日本活火山総覧(第4版)100 茂世路岳』、2013年。
- 22 独立行政法人北方領土問題対策協会『北方領土の自然』。
- 23 独立行政法人北方領土問題対策協会『北方領土の概要』。
- 24 環境省『生物多様性の観点から重要度の高い海域(沿岸域)10601 択捉島周辺』。
- 25 内閣府北方対策本部『北方領土の姿「戦前の姿」』。
- 26 外務省『北方領土問題とは?』。
- 27 内閣総理大臣 小泉純一郎『答弁書(内閣衆質164第10号)』、2006年。
- 28 内閣府北方対策本部『北方対策 ~北方領土の返還にむけて~ 令和7年度版(p.1-4 北方領土の概要)』、2025年、1–2頁。
- 29 防衛省『令和6年版防衛白書「北方領土などにおけるロシア軍」』、2024年。
- 30 米国国家地理空間情報局(NGA)『GEOnet Names Server 地物記録「Kuril’sk」(UFI -2941386)』。
- 31 TASS『Russian Foreign Ministry protests to German embassy(TASS)』、2025年。
- 32 独立行政法人北方領土問題対策協会『ロシアの南進』。
- 33 外務省『北方領土問題の経緯』。
- 34 独立行政法人北方領土問題対策協会『北方領土問題の歴史』。
参考文献
- 内閣府北方対策本部『北方対策 ~北方領土の返還にむけて~ 令和7年度版(p.1-4 北方領土の概要)』内閣府、2025年。
- 国土地理院『令和8年全国都道府県市区町村別面積調(4月1日時点)付3 島面積』、2026年。
- 内閣府北方対策本部『北方領土問題「歴史」』内閣府。
- アジア歴史資料センター(国立公文書館)『公文書に見る日米交渉「ハワイ作戦部隊、択捉島ヒトカップ湾を出撃」』アジア歴史資料センター。
- 国土地理院『電子国土基本図(地名情報)自然地名(国土地理院ベクトルタイル提供実験 experimental_nnfpt)』、2017年。
- 米国国家地理空間情報局(NGA)『GEOnet Names Server 地物記録(北方領土の島・岩、範囲検索 2026-10-22)』。
- 独立行政法人北方領土問題対策協会『四島ガイドマップ』北方領土問題対策協会。
- 内閣府北方対策本部『北方領土の姿』内閣府。
- 独立行政法人北方領土問題対策協会『択捉島の概要』北方領土問題対策協会。
- 水路部『樺太南部沿岸千島列島水路誌:千島列島・樺太南部(書誌第3號B)』、1937年。
- 気象庁『日本活火山総覧(第4版)104 択捉焼山』、2013年。
- 気象庁『日本活火山総覧(第4版)100 茂世路岳』、2013年。
- 独立行政法人北方領土問題対策協会『北方領土の自然』北方領土問題対策協会。
- 独立行政法人北方領土問題対策協会『北方領土の概要』北方領土問題対策協会。
- 環境省『生物多様性の観点から重要度の高い海域(沿岸域)10601 択捉島周辺』。
- 内閣府北方対策本部『北方領土の姿「戦前の姿」』内閣府。
- 外務省『北方領土問題とは?』。
- 内閣総理大臣 小泉純一郎『答弁書(内閣衆質164第10号)』衆議院、2006年。
- 防衛省『令和6年版防衛白書「北方領土などにおけるロシア軍」』、2024年。
- 米国国家地理空間情報局(NGA)『GEOnet Names Server 地物記録「Kuril’sk」(UFI -2941386)』。
- TASS『Russian Foreign Ministry protests to German embassy(TASS)』、2025年。
- 独立行政法人北方領土問題対策協会『ロシアの南進』北方領土問題対策協会。
- 外務省『北方領土問題の経緯』。
- 独立行政法人北方領土問題対策協会『北方領土問題の歴史』北方領土問題対策協会。
- 国土地理院『地理院タイル「全国最新写真(シームレス)」(seamlessphoto)』。